読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Romeoの雑記集

Romeoと申します。主に社会とかメディアとかメディアコンテンツについて思ったことをつらつら書いています。

選挙という名の「クソゲー」

はじめに

 いつもはメディアに関してつらつら書いていますが、今回は選挙の投票日が近いということもあるのであるので選挙について思ったことを少し。

 

 

選挙は有権者の勝ち確ゲームなのか

 選挙を一種の「ゲーム」として考えてみたい。(不謹慎は承知ですが)
我々、有権者は自分の支持する候補者(政治家)に投票し、当選した者を自分たちの代表として意見を代弁させることで政治に参加する。これが現在の日本の政治制度であり、代議制民主主義や間接民主主義とも呼ばれる。
 選挙という場面では、自分の意思を政治に反映させたい有権者と選挙に勝ちたい候補者(以下、政治家とします)という両者の思惑がある。両者の立場の関係性は協力的であると同時に、有権者>政治家という上下の関係も存在する。
この「上下関係」が「ゲーム」としての選挙において有権者の勝ちが確定(もしくは圧倒的有利)である所以である。

 

選挙は「後出しじゃんけん

 有権者が勝ち確もしくは圧倒的に有利なのは、「上下関係」だけではない。選挙では最初に政治家が政策(公約)を提示し、それに対し有権者が支持するかを判断する。①〈公約の提示〉というアクションに対し、②〈投票〉というリアクションという順番になる。順番の関係上、有権者は必ず後出しになるので、ゲーム的には有利になるわけだ。

 

若者は選挙に行くべきなのか

 いささか強引ではあるが、話を変えて「若者は選挙に行くべき」ということを述べておきたい。
 18歳に選挙権が引き下げられ、全国で約200万人の有権者増となった。各都道府県に振り分けるとさほどの有権者増にはならない*1が、比例区ではかなりの影響力があると推察できる。
 先ほどの「ゲーム」の話とつなげると、若い世代の有権者が投票することによって政治家に対し”危機感”を煽ることで「有利になる」ことができる。投票率が低い、若い世代は政治の世界でも意見を反映されにくい立場である。従って投票すること自体が政治家に対し、自分たちの存在感をアピールすることができるチャンスでもある。特に今回の参院選は選挙権引き下げ後初めての国政選挙であり、18、19歳の投票率に関しては未知数である。ただ、今回の選挙で投票率がそうでもなかった場合は、それ相応の意見しか反映されなくなってしまう。故に今回の選挙は若い世代の意見を反映させる最初で最期のチャンスともいえるかもしれない。

 

まとめ

 若者は選挙にいった方がいい(特に今回は)と僕は思う。選挙を「ゲーム」と仮定した場合、無条件で有権者側が勝つ。自分の意見を反映させてくれそうな候補に投票すれば「勝ち」になる、これほど愉快で”チョロい”「ゲーム」はない。(ゲームが成り立たないくらいのクソルールではあるが)
 仮に投票した候補が落選しても影響力を行使したことにはなるので、政治家は次の選挙のために意見を汲み取る必要が出てくる。結局、有権者が「負ける」ことはないのだ。

 

最後に

 ちなみに有権者が選挙という「ゲーム」に負ける場合もある。
 それは投票しなかった時だ*2

*1:筆者の地元の長野県だと市単位で数千人程度の増加である

*2:はてなブログで有名なフミコフミオ氏は、ポリタスへの寄稿文で「選挙に行かないということは緩やかな自殺をしていることと同じだ」と述べているが、筆者は言い得て妙だと思った。